類推解釈の禁止
刑法の運用を貫く大原則に「類推解釈の禁止」というのがあるとされている。明確に書かれいなきゃ犯罪とはならない、
加えて、正当防衛や緊急避難などの例外がなくて、責任能力があるかなんてことも犯罪成立の要件になるがそれは置いといて。
憲法だと、ここの考え方が違う。明確に書かれていないけれども、その権利が認められているという「無名の権利」といわれるものがある。プライバシー権、環境権とかだけど、憲法にそんな単語はどこにも書いてない。だけど憲法13条の幸福追求権の関係だとされていて、十分な根拠を持っているぞ「推察」できるときには法的に有効な権利ととらえるわけだ。刑法じゃ、類推、推察はありえない。
民法の運用、解釈も刑法と違う。
1条には、公共の福祉、信義誠実の原則、権利濫用の禁止なんてのがあって、個別の民法の条文があっても、法の解釈と適用において、具体的な妥当性を重視する余地が残されている。
そんな中、刑法は違う。罪刑法定主義で、類推解釈の禁止、訴求処罰の禁止などの原則に従って運用されてきている。
世の中で重大な、そして悲惨な事件が発生する。痛ましい。
けれど現行の刑法では、世間の常識的には、十分といえぬ刑罰しか行使できないとなると、法律はどうなっているんだ?という話になりがちだ。だめじゃん、と。何やってんの、どうなってんの。
法律は不完全
加えて、正当防衛や緊急避難などの例外がなくて、責任能力があるかなんてことも犯罪成立の要件になるがそれは置いといて。
憲法だと、ここの考え方が違う。明確に書かれていないけれども、その権利が認められているという「無名の権利」といわれるものがある。プライバシー権、環境権とかだけど、憲法にそんな単語はどこにも書いてない。だけど憲法13条の幸福追求権の関係だとされていて、十分な根拠を持っているぞ「推察」できるときには法的に有効な権利ととらえるわけだ。刑法じゃ、類推、推察はありえない。
民法の運用、解釈も刑法と違う。
1条には、公共の福祉、信義誠実の原則、権利濫用の禁止なんてのがあって、個別の民法の条文があっても、法の解釈と適用において、具体的な妥当性を重視する余地が残されている。
そんな中、刑法は違う。罪刑法定主義で、類推解釈の禁止、訴求処罰の禁止などの原則に従って運用されてきている。
世の中で重大な、そして悲惨な事件が発生する。痛ましい。
けれど現行の刑法では、世間の常識的には、十分といえぬ刑罰しか行使できないとなると、法律はどうなっているんだ?という話になりがちだ。だめじゃん、と。何やってんの、どうなってんの。
法律は不完全
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